性同一性障害とブルーボーイ事件

性同一性障害における、医療の対応の遅れをもたらした原因になる事件として、ブルーボーイ事件があげられます。

医師が、当時ブルーボーイと呼ばれていた男娼の職にある20歳代の戸籍上の男性3人に対して、1964年に相次いで性転換手術を行いました。

この際、今日の性同一性障害の診療で行われているような「本当に手術の必然性があり、それは個人の嗜好や職業上の利得を動機とするものではない」という判断を下すに足る十分な精神科的診察を行いませんでした。判決として1969年に東京地方裁判所より被告人医師を有罪とする判決が下されたのです。

この背景としては当時は売春の取り締まりが社会的な課題となっていた時期であったことがあります。その中に、少数ながら、性転換手術を受けた後に売春をする戸籍上の男性たちがいました。彼らは法的には「男性」として扱われるために十分に取り締まることができず、警察や関連機関は何らかの形で「元を断つ」必要性を感じていたことにありました。

性転換手術が優性保護法「現在の母体保護法」の「ゆえなく生殖機能を奪ってはならない」という条例に触れると条例に触れるという理由で医師が有罪になりました。それを医療界はやってはいけないことと考え、公の医療の場では取り扱われなくなった大きな理由です。
性同一性障害の性転換手術をする上での医療の遅れの原因となった事件とも言えます。

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